『退出ゲーム』 初野晴

退出ゲーム (角川文庫)

退出ゲーム (角川文庫)


ハルチカ”シリーズ、文庫版第一弾!


清水南高校一年生、廃部寸前の吹奏楽部のフルート奏者・穂村千夏と、その幼馴染み(と言っても高校で九年ぶりの再会)でホルン奏者の上条春太の二人を中心に繰り広げられる、爽やかで鮮やかな青春ミステリです。


ハルチカ”シリーズ。
わたしがこの存在を知ったのは、本屋の文庫新刊コーナーにこの作品が並んでいたとある夏の日(たぶん。)
カバーに描かれた魅惑的な少年の姿に心惹かれ、思わず手に取り目にしたのが、「“ハルチカ”シリーズ」という文字でした。


シリーズもの。しかも、まだ第一弾が発売されたばかり。
と、知ると、集めるのが大変かなあ、なんて思って買うのをためらってしまったのですが、“ハルチカ”シリーズという言葉から受け取る印象はそればかりではありません。


愛称。シリーズ作品に付けられた、その呼び名の響きが、妙に魅力的。


ハルチカ”という呼び名を付けたのは誰なのでしょう?
この作品に限らず、シリーズものには響きのよい、そして愛のこもった略称が付けられているものですが、これを考えているのは誰なんですか?
ファンの中から自然に生まれたものか、作者が使っていたものか、それとも出版社が捻り出したものか。
仮に、出版社が作りだした呼び名の場合があるとしたら、これってすごい宣伝効果。すばらしい戦略。
さて、“ハルチカ”の名付け親が誰なのか、調べてもいないのでさっぱりわかりませんが……。


ハルチカ


う〜ん、やっぱり、魅力的。
ストーリー解説を読んで、すぐに主役の二人の名前から取ったネーミングだとわかりますが、すると“ハルチカ”コンビは如何様な物語を繰り広げてくれるのか気になって、気になるうちに期待が膨らみ、膨らんだ期待を胸に迷わず購入、という展開に。


そんな勢いで読み始めて、仮に膨らみすぎたわたしの期待が思い切り裏切られようとも、誰にも文句は言えないと思っておりましたが……。


期待通り。いや、期待以上。
長い前置きになりましたが、言いたいのはこれだけです。


面白い。


高校生活の中で起こるちょっとした事件や推理に値する出来事を、主役の高校生コンビを中心にして解決していく連作短編集。まさに青春ミステリの決定版でございますが、キャラクター設定も、謎解きの仕組みも、最高!です。


主人公のチカは、中学生までバレー部に所属していた熱血少女。強気で短気、ときに暴力的。それでも、恋する女の子。
そんなチカの幼馴染みで、このシリーズにおける探偵役となるのが、完璧な容姿に明晰な頭脳、それにとある秘密を持ちあわせた少年・ハルタ
廃部寸前の吹奏楽部に所属する二人は、顧問の草壁先生のもと、普門館を目指している。そのために、新たな部員を募ろうとする結果、有力な部員候補との問題に遭遇し……というのがベースです。


ホームズ役・ハルタと、ワトソン役・チカ。強気なチカに、ハルタは攻撃を喰らうばかりですが、謎解きにおける立場はこうなります。
二人が直面するさまざまな生徒との“事件”(事件ばかりではないですが、そう呼びます)の巧妙な仕掛けを、ハルタが鮮やかに解いていく様子に読み応えがあるのはもちろん、謎を解くことによって、当事者の生徒の傷や闇をも溶いていってしまう展開に、思わず涙腺がゆるんだり、苦味を覚えたり……。
ミステリとしての面白さと、学園モノとしての面白さが、実に巧みにまざりあっているのです。


さて、多くのキャラクターが登場するシリーズですが、その魅力もはんぱじゃない!
その中で、誰よりもわたしの心を掴んで離さないのは、ハルタ。正直、彼には度肝を抜かれました。
サラサラの髪に、二重まぶた、長い睫毛、きめこまやかな肌に、細身の体。女子も(チカも)羨む完璧な容姿の美少年は、異性からの人気も抜群。その上、頭脳明晰。頭の回転が速いばかりでなく、豊富な知識も持ち合わせている。人当たりもよく、にこやかだけど、ときには小難しい話をして人を誤魔化そうとも謀る一面も……。

これだけで、わたしにとっては完璧なキャラクター像です。好きなタイプです。(笑)
そして、おそらくそういう設定の人物であろうことは、読み始める前から予想できていました。
でも、彼の重大な秘密は、嬉々として文庫を本屋のレジに持っていたわたしには、想像できなかったものでした……。


「わたしはこんな三角関係をぜったいに認めない。」
この書き出しで物語はスタートします。
ハルタの秘密がはっきりと言及されるまで、わたしはそれを“嫌な予感”として感じていました。
できれば、わたしにとって完璧な理想像である彼に、そんな設定を加えないでほしい。……みたいな願望がどこかにあったのは、嘘じゃありません。
その秘密が明かされた以降も、それは実はチカの勘違いじゃないか?……とハルタを完全に否定する考えをチラつかせていたのも、嘘じゃありません。


ですが、彼のその「アブノーマル(byチカ)」な一面こそ、破格の面白さを担う大事な一端。
先に述べたように、ハルタの大まかな設定は、ページを開く前に感じ取れてしまっていたのです。しかし、この秘密には、びっくり!この一癖も二癖もあるキャラクター像が、“近頃のよくあるひねくれた草食系男子の図”を逸し、ずばーん!と飛びぬけた魅力を放っているのです。
最初は驚きと戸惑いを隠せなかったけれど、次第にそんな彼が愛しくてたまらなくなります。


最強のキャラクター・ハルタがここまで可愛らしく映るのは、チカのフィルターを通して物語を読んでいるからでしょう。この秘密に関しては、冷ややかな目……いや、世界でいちばん恐ろしい相手に対する目で、チカはハルタを見ています。実はこのシリーズの中で最も常識人だろうと思われるチカの目線で話が進むことで、ハルタを筆頭にした変人キャラクターたちが、愛らしく思えるのです。


そう、チカがうんざりするほどに、この高校には変人ばかり集っている。
吹奏楽部員だけでなく、生徒会長・日野原や、生徒会ブラックリスト十傑に含まれる、演劇部の名越、発明部の萩本兄弟。それぞれが、自由奔放に、変な人です。
他にも、美代子やマレンに朱里といった面々、みんなが個性的。わたしはとにかくハルタがお気に入りですが、誰も彼も魅力があり、愛すべきキャラクターたちです。もちろん、主人公のチカも、そのひとり。


そんなキャラクターたちが、とある高校の中で事件を起こすのだから、賑やかにならないわけがありません。
解説によると、著者にとっては、こんな学校生活はファンタジーに近いそう。文化系の部活動に所属する彼らの、どたばたした学園生活。リアルじゃないけど、どこか親近感もわいてしまうような、おかしな高校生たち。爽快な学園ドラマを存分に楽しむことができます。


そんな中で、未だちょっと不思議なにおいがするのは草壁先生。
この物語において欠かせない存在ですが、その素顔はあまりピンとこないまま。吹奏楽部のやさしい顧問の先生ですが、彼の偉大な過去から現在に至るまでに何があったのか、ほんとうにただのやさしい先生なのか……気になります。


繰り返しになりますが、「日常の謎」ミステリとして、学園コメディとして、そのどちらもの面白さを兼ね備えた一冊です。特に、謎解きのほうが苦々しい現実味を帯び、学校生活のほうがファンタジックである、というバランスが巧妙。
ハルチカ”シリーズ、すっかりはまってしまいました。


そういえば、ほかにも面白いなぁと感じた点が。
マジック同好会の小泉さんのセリフ「お前それでも女子高生か?場末のスナックのバツイチのママみたいなことをいうな!」(本文P39より)とか、成島家での西川さんのセリフ「私が、いままで悪かったんです。薄情者だったんです。私の友情は生ハムより薄かったんです」(本文P80より)とか、誰もつっこまないけどそのたとえおかしくない?というシュールなセリフがちらほら。しかも、それなりに真剣な場面で飛び出すセリフなので、ちょっと困惑しつつも笑えました。


文庫版はまだ第一弾しか発売されてないんですよね。
単行本は三作目まで刊行されているそうですが、このまま文庫で集めるつもりです。
第二弾の『初恋ソムリエ』、今から文庫化が待ち遠しくてなりません!


読んだ日:2011/01/18


_