『百瀬、こっちを向いて。』 中田永一

百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)

百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)


真っ白に、光る青。
シンプルだからこそ目に付く表紙と、タイトルに惹かれて手に取りました。
帯や書店ポップに後押しされて、購入。


『百瀬、こっちを向いて。』『なみうちぎわ』『キャベツ畑に彼の声』『小梅が通る』、4つの恋愛小説を収めた短編集です。
恋愛小説といっても、ドロドロしたものは感じません。かといって、単純に爽やかすぎる物語でもない。
どれも温かくて切ないラブストーリーですが、サラリとした印象があります。
それは、登場人物たちの恋愛に関する具体的な行為よりも、瑞々しい感情に重点を置いて描かれていたからでしょうか。


どのおはなしでも、なかなか現実では起こらないような特殊な人間関係が作られていますが、その中心にいる主人公たちは、あくまでも己を“目立たないもの”として扱っています。


自称“人間レベル2”のノボル。
小学校からの無遅刻無欠席だけが唯一の自慢の姫子。
人気者の先生になかなか話し掛けることのできない久里子。
美少女であることをわざと隠して過ごす柚木。


彼、彼女らの織り成すラブストーリーは、ひっそりと優しく、それでいてはっきりと強く紡がれていきます。


表題作『百瀬、こっちを向いて。』は、自己を薄暗い電球のような存在と認識している高校生・ノボルが、とある理由あって、百瀬という美少女と恋人同士になる……というおはなし。
恋する辛さを知ってしまったノボルの行動とは?
揺れ動くノボルの感情がとても“きれい”。苦しみやもどかしさも、あわせてきれい。
そして、サブキャラたちもとても印象的。ノボルの感情を追いかけながら、百瀬、宮崎先輩、神林先輩、それに田辺といった存在を、生き生きと感じることができます。
彼らを繋いだひとときの奇妙な関係は痛々しくて切なく、数年後に明かされる秘密は苦々しくて恐ろしい。そんな恋愛の辛い部分を青春というやさしい形に囲ったあとで、甘やかでぬくもりあるラストに結びつく。
そんなふうに、このひとつのおはなしの中に、恋することで生まれるたくさんの感情が詰め込まれています。


甘さも苦さも柔らかく包んだ物語。そんなところは、4つのおはなしに共通しています。
正真正銘の恋愛小説ですが、おはなしによってはちょっとした仕掛けが施されており、謎が解かれてはじめてわかる真実にはっと驚かされる一幕も。
ポップに“恋愛小説に免疫がない人にもおすすめ”と書かれていましたが、この仕掛けの面白さがその根拠になっていると思います。


それと、タイトルが巧い!
読み終えたあとに、もう一度タイトルに戻ってみると、思わずジーンときてしまいます。
特に、『百瀬、こっちを向いて。』は、イイです……!
もともと惹かれるタイトルでしたが、読み終えたいま、さらにその魅力が増したように思います。


どれも、特別に大きな展開を見せることはありません。主人公の存在が突然華々しく輝くわけでもなく、ドラマチックなハッピーエンドが待っているわけでもないのです。
それでも、読後に残るのは、いとおしい余韻。
恋に落ちるとはこういうこと。そんなことを、ひしひしと感じる一冊です。


読んだ日:2011/2/14


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