『踊るジョーカー 名探偵音野順の事件簿』 北山猛邦

踊るジョーカー―名探偵 音野順の事件簿

踊るジョーカー―名探偵 音野順の事件簿


世界一気弱な名探偵・音野順。お弁当を持参して、今日もイヤイヤ、事件現場へ……。


読みながらこんなに笑ったミステリは初めてでした。
ギャグ漫画でも読んでいるかのように、大笑い!
それでいて謎解きもきちんと面白いし、人間ドラマも楽しめる。
帯にある通り、“キュートでコミカル、しかし心は本格ミステリ。”な1冊です。


5つの短編が収録されており、そのうち4つは冒頭で事件の概要が描かれ、次に舞台が音野探偵事務所に移り、音野の元に冒頭の事件解決の依頼が入る……という構成になっています。
一つ一つの短編がサラリと読みやすい!トリックは意外性もあって作り込まれているのに、お話は気軽に読めるのです。


とにかくキャラクターが可愛すぎる!
類まれなる推理力を持ちつつ、引きこもりがちで人見知り、探偵活動に消極的な名探偵・音野順。
音野を探偵として社会に引っ張り出してきた、売れない推理作家の白瀬。彼の視点で物語は進みます。
熊のような外見で、豪快な性格、音野と白瀬をいけすかないと思いつつ、根はいい奴の岩飛警部。
などなど……。
一人一人が可愛らしいのはもちろん、彼らの掛け合いがたまらなく面白くてキュートです!


音野はびっくりするほど気弱な青年ですが、その根っこにあるのは“すぎる”ほどの優しさ。ときに殺人犯の今後を心配して、事件の真相を口に出すのを嫌がるほどに彼は優しい。それが自虐に繋がり彼から自信を奪ってしまうのですが、単にネガティブなわけではない、この優しさによる音野の弱々しさは非常に魅力的に映ります。


しかし彼一人では探偵活動は始まらない。音野の才能が世に必要とされること、それによりすべてに対して気弱な音野が自信を付けてくれることを願って、探偵事務所を開いたのは助手の白瀬。白瀬=私、の一人称で物語は展開されますが、“私”という一人称や、すこし堅苦しい話し方などから、生真面目な人物かと思いきや、彼は楽観的なところがある。ここが音野と対照的なので、2人は成り立っているのでしょうが……白瀬のいわば心の声がなかなか面白い。推理作家だからか、少々堅い口調で繰り広げられるために、彼の気持ちが滑稽に見えるところも多く、笑えます。


白瀬の的外れな買い物や、岩飛に怯える音野、お菓子が好きな2人の姿など、思わず突っ込みたくなる可愛らしい笑いがたくさん。


5つの事件は、どれも容疑者は少なく、犯人に意外性がある印象ではなかったです。しかし、綺麗な筋の通ったトリックは鮮やか。それを音野がボソボソと解決していく(お兄さんが登場した場面もありましたが!)さまは、探偵モノにおける事件解決にしては勢いが足りなすぎるけれど、故にそんな彼がこんなに素晴らしい推理力を持っていることが際立つ。おろおろしながら謎を解いていく名探偵の姿はなかなか新鮮で、トリックの面白さとともにすっかり引き付けられてしまいます。


音野は優しすぎるが故に、探偵活動に疑問を抱いている様子もありますが(完全に否定はしていません)そこがこの作品の深い部分。
5編目のラストの2人の会話にあるように、名探偵は『正しい』のか?
音野と白瀬がこの答えを模索しながら、音野探偵事務所を続けていく様子、これからも追いかけたいです。


2作目も注文済み。楽しみ!


読んだ日:2011/1/30


_